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zoom RSS 名古屋城にある謎の境界石と煉瓦塀

<<   作成日時 : 2017/04/01 21:39   >>

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これは先日、2017年3月20日に名古屋に行ったときにツイートしたものだが、名古屋城の骨董ふたを見行ったときに見つけたものである。
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「境界標 日本政府」と書いてあるようだ。さてこれはいったい何だろうか。
何度も名古屋に行っているのだが、今回初めて名古屋城の中に入った。通常の入場料金は大人500円であるが、名古屋市営地下鉄の1日乗車券類を提示(当日の日付を確認する)と400円になる。
市営地下鉄の乗車券提示で入場料が割引になるこの名古屋城を管理しているのは名古屋市である。
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中に入ると、「名勝」という境界標がある。
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「文部省」というのもある。おそらくは名勝の裏が文部省であろう。これは昭和5年に本丸御殿が国宝指定された時のものか、それ以前か、以後か…。いずれにせよ文科省になる前のものである。他の史跡でも管理者の境界標等が見られることがある。
しかしながら、先に上げた境界標にははっきりと日本政府という文字が読める。国が設置した境界標なのであろうか。文部省も国の役所ではあるのだが、日本政府と書くのであるから、国家としての日本国が設置したという意味である。
歴史的にみると、現在の名古屋城の管理者は名古屋市であるが、第2次世界大戦終結以前は陸軍の軍事施設があった。
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名古屋城の入場料が必要な区域にある二の丸庭園の牡丹園付近には陸軍が設置した消火栓のふたが今でも残っている。
都内や横須賀、豊川等の軍事施設があったところには陸軍や海軍の境界標がたくさん残っている。
http://akajishi-project.at.webry.info/201601/article_13.html
豊川のものは記事にしていた。
軍の境界標ならあってもおかしくはないと思うのだが、今回見つけた境界標は日本政府と書いてある。
日本政府と表示するからには対外的な物であると推測されるわけだが、海とか、かつての樺太などのような別の国との国境なら何とか理解できようが、ここは名古屋の街の中である。それこそ4月1日のエイプリールフールのフェイク記事ではないが、名古屋城内に日本政府の秘密組織が存在するのであろうか。いやいや、境界標を建てたら秘密組織ではないではないか…。
帰宅後にウェブで検索をかけたのが、参考になりそうな情報がほとんどない。
私のように境界標を観察している方のサイトにある記事が1つだけあった。中京新聞に記事が載っていたことと、その中で、4本現存していること、裏(本来は英語表記が表か?)にはBOUNDARY POST JAPANESE GOVTの表記があることが書かれている。この方は土塁を探して見つけたようなのであるが。こちらは歩道から英語表記が見えるようである。(サイト管理者の許可が取れれば記事にリンクを貼る予定)次回の訪問時にはこちらも見に行きたいと思っている。
この方の記事の発端となった新聞記事であるが、中京新聞社のウェブサイトで記事を検索したが、ヒットしない。結局記事の全文は読めなかった。図書館等での縮刷版閲覧が必要だろうか。
何か公的な資料はないものか探したら、あった。名古屋市はこの境界標の存在は把握しているようであるが詳細は解明できていないようだった。その記事の中で、なぜこの境界標を発見するに至ったかの経緯が触れられていて、現在名古屋城で行われている整備事業に関する発掘調査で見つかったらしい。
http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/17_topics/271117/dwl/kinnsyati_04.pdf
名古屋城三の丸遺跡 金シャチ横丁事業に伴う発掘調査_報告書の中に折れたものが出土したと写真が載っている。現存して土に埋まっているもののほかにも何本か存在していたらしい。この資料は名古屋城のウェブサイトを探したが、見つからなかった。サーバにファイルはあるがリンクはなくなっているらしい。
さてこの境界標はいつ、何の目的で設置されたのだろうか。日本政府とあるので、少なくとも第2次世界大戦終結後であると思う。おそらくはGHQ接収の前後ぐらいか。その必要があったかは別として、もっと以前の設置であれば、大日本帝国と表記するであろうと考えるのだがどうだろうか。GHQに対して陸軍の施設として使っていた名古屋城だが、爆撃により本丸御殿は破壊されたが、国宝である。日本の重要な歴史遺産であるからここは渡せないという強い意志の表れではないのかと。
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さて、もう一つ名古屋城には謎のものがある。こちらは前回の訪問時に見かけていたのだが、その時の模様はツイートもしていないし、記事にしていないので、今回が初めて載せる写真である。名古屋農林総合庁舎の裏を通って正門方向へ歩いている途中で「境界標 日本政府」なる境界標を見つけたと書いたが、そこへ行く前に、二の丸交差点の角、水資源機構の庁舎前で撮ったものである。ほんの少しだけ煉瓦塀がある。謎とは書いたが、私が知らなかっただけで、こちらは第3師団司令部の遺構と書かれた記事が多数あるようだ。ただ、自分では公的な資料による裏付けを取っていないのではあるが。
となると、第2師団の置かれていた仙台城にはあるのかないのか気になるところだ。どうやらこちらは国宝ではないのでないかもしれない。仙台には何度か行っているが、あまり観光名所を回るという旅をしていないので、仙台城には行ったことがなかった。いつか行く機会があったら探してみようと思う。なお今回見つけた境界標は有料区域外にあるので、無料で観察できる。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
名古屋城で英語と日本語の境界標を見つけた、という記事を書いた者です。見つけるきっかけとなった中日新聞の記事は名古屋市内版(市民版だったか?)に載っていたので、縮刷版なら確認できると思います。リンクの件は構いません。

http://blog.seesaa.jp/cms/article/edit/input?id=427193847
社会文化研究会
2017/05/24 22:15

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