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zoom RSS 千川上水を歩く(清流復活のマンホールふたはどこに #manhotalk )(2)境橋〜八成橋

<<   作成日時 : 2018/10/28 22:04   >>

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2018年9月16日。中央線武蔵境駅より徒歩で20分ほど歩く。バス便あり。北口から関東バス<境12>で5分ほど。玉川上水から分岐した千川上水は武蔵野市の境橋から始まる。境橋の交差点は武蔵野市と西東京市の境界に位置し、Y字に分岐する川の上にかかった橋が複雑な交差点になっている。本流の玉川上水は三鷹方面に向かい、千川上水は五日市街道の中央分離帯を開渠となって流れていく。このあたりに散見されるふたは建設局のコンクリートふたばかりである。
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鉄板で作られた止水栓のふたというのもあるにはあるが、これは特殊な例である。
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昭和初期に明治通りの堀割交差点付近から始まった千川上水の暗渠化は昭和40年代までに境橋までたどり着き、ここより下流が全て暗渠化されたのだが、都市化が進みかつての清流に触れる機会が少なくなり、環境保全の観点からも清流を復活させようという機運が高まり、昭和59年の野火止用水を手始めに、環境保全局(当時)、建設局、下水道局の3局連携の東京都の清流復活事業は始まり、平成3年に千川上水が復活した。
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清流復活の碑。書は当時の東京都知事の鈴木俊一氏の手によるもの。
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水辺には四季折々の光景が広がる。この辺りは素掘りの感じがよく出ている。おそらくのあたりが環境保全局のイメージする清流なのだろう。
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伏見通りと交差するあたりで、少し様相が変わり、護岸にコンクリートブロックが使われ、だんだん都市河川のイメージになっていく。おそらくはこのあたりから武蔵野市のイメージなのではないだろうか。
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電通研あたりのふたも、建設局の汎用品。
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練馬区に入るとさらに様相が変化。石積みの護岸で若干自然の河川風? これは自治体の独自のデザインなので、管理者が違うと三者三様というところか。
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暗渠部も終わりに近づく。
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開渠部の終端。青梅街道の直前にマンホールが二つあるのだが、左が暗渠用分水で右側が善福寺川分水だろう。
千川上水の清流復活事業は多摩地域最後の大事業であったが、復活計画を書いた平成元年発行の環境保全局のパンフレットが文京区にある水道歴史館のライブラリーに収蔵され、公開されているのだが、それを読むと、清流復活区間は水道端バス停付近までということになっている。水道端バス停は青梅街道上にあり、練馬区関町南にある伊勢橋交差点の近くにある。そこから暗渠で善福寺川に導水され、放流されていると書いてあるある。平成11年(1999年)発行の改訂版のパンフレットに書いてあるのもほぼ同じ内容である。清流復活区間は建設局の管轄する河川とは異なる扱いになっており、武蔵野市と練馬区に移管されている。東京都の下水道台帳には公共溝渠・暗渠と書いてある。
その後、一時、伊勢橋より下流の暗渠部分にも通水していたようだが、どうやら現在のところは通水を停止しているようである。公文書をネットで検索してもWikipediaに引用されているもの以外の資料はあまりないのだが、練馬区の教育委員会が発行している「ねりまの文化財」の第60号・千川上水特集号に、平成15年(2003年)の7月から10月にに実施した文化財講座の中で得られた情報を現況報告としてまとめている。これによると、伊勢橋より下流の暗渠に、「現在、千川上水に放流されている日量一万㎥の再生水は、ここ伊勢(殿)橋で杉並区善福寺方面へ通じる導水管へ七千㎥、残る三千㎥は青梅街道の路面下を潜り「練馬区立千川上水緑道」方向の暗渠へ導かれています。」(原文まま、前後のかぎかっこ筆者)
という記述がみられるが、この記事が書かれたのは15年も前のことであり、現在(2018年)確実に流れているという確証が見つかっていない。
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伊勢橋より下流の暗渠部分は建設局が管理する河川という扱いになっている。(建設局のサイトにも書いてある)ところが、この先の暗渠部分にも下水道台帳に公共溝渠・暗渠という表記が見られる。青梅街道の交差点を渡ると、練馬区の千川上水緑道というのが、千川通り沿いにあるのだが、次の立野橋までの区間が最近整備されたということで見に行ったところ、東京都建設局のデザインマンホールふたが数枚設置されていることがわかった。
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立野橋の少し下流に上石千川児童遊園という公園があり、水車を模したと思われる遊具があり、水車の説明版が公園内にある。少し古い写真で木製の遊具がが写っていたのだが、今の遊具は簡略化されすぎていて、水車というよりは、ハムスターみたいな小動物が乗って回すアレのようだ。
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そこから先には建設局の汎用品が並んでいてる。
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流れは徐々に西武新宿線に近づき、上石神井の車両基地を過ぎたあたり、上石神井南町1丁目付近の踏切際で開渠となり、西武新宿線の線路の下をくぐり線路の北側に抜け、すぐにまた暗渠となる。踏切際からは千川上水橋梁の文字が読み取れる。ここに水が流れている写真を見たことあるが、この日は水は見えなかった。
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やはりこの先も汎用品のふたが続き、環八との交差点で、本日の探索終了。

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